坂の回廊

都内坂道を歩くブログです

不動坂(北区)田端1丁目

JR田端駅南口を降りると線路沿いにこのような味のある坂がありました

この坂は名無し坂で最初の写真にある右側の階段が不動坂になります。

田端駅南口から南西へ登る坂です。 坂名は, かつて田端駅東口付近に石造不動明王立像が安置され不動の滝があったことによります。 

不動坂

名前の由来になった不動明王像は現在田端駅から600mほど離れた谷田川通り沿いに田端不動尊として移転しています。

不動坂は与楽寺坂へ行くショートカットの道としても利用され30m位の急階段です。

 

坂評価(5段階)

プロポーション:★★★

知名度:★★

雰囲気:★★★

規模(大きさ、広さ):★★

リピート率:★★

総評価 // 52点 ※あくまでも個人的好みによる評価です。 

 

和田坂(渋谷区)恵比寿2丁目

最寄り駅が微妙な位置にある外苑西通りに面した短い坂が「和田坂」です。

広尾、恵比寿、白金高輪、白金と東西南北にあるこれらの駅の丁度中間地点です(;^_^A

和田坂はおそらくですが人名坂で和田氏が近くに住んでいた事から名がつけられたようでどの時代の和田氏か不明です…

和田坂

写真でお分かりのように50mもない短い直線の急坂で住宅街が近くにあるせいか人通りないしは自転車での通行が結構多かったように思います。

 

坂を上り切った所に渋谷同胞幼稚園と豊沢教会があり その脇には豊沢貝塚がありました。この貝塚都心部における縄文文化を伝える貴重な考古学的史跡であるようです。

豊沢教会

豊沢貝塚

 

坂評価(5段階)

プロポーション:★★

知名度:★★

雰囲気:★★

規模(大きさ、広さ):★

リピート率:★★

総評価 // 39点 ※あくまでも個人的好みによる評価です。 

 

田端八幡男坂・女坂(北区)

北区田端にある男坂・女坂は田端八幡神社社殿に向かう階段の事です。

田端八幡男坂

 

田端八幡女坂

 

男坂は直線の真っすぐな坂(階段)でその横に位置し曲線上の坂が女坂です。

通常男坂がメインに挙げられますがここ田端八幡神社では個人的に女坂の形状が美しく感じます(笑) というのも坂(階段)自体が短く直線の男坂の迫力が半減しているように感じられるからです…

田端八幡神社社殿

訪れたのが9月中旬 まだ気温が30℃を超す残暑真っただ中の日ではありましたが境内の中はひっそりとして確実に秋の気配が感じられました。

 

坂評価(5段階)

プロポーション:★★★

知名度:★★★

雰囲気:★★★★

規模(大きさ、広さ):★

リピート率:★★★

総評価 // 64点 ※あくまでも個人的好みによる評価です。

 

石坂 (北区)田端2丁目

石坂は同じ北区で赤羽にも存在しますがここ田端にある石坂はその情報があまり多くありません(-_-;)

赤紙仁王通りを坂下にしそこから北上し途中大きな公道?に突き当たります そこから少し外れた道をさらに北上し区立田端小学校前までを石坂と呼んでいます。

石坂(坂下方面)

 

途中広い公道を挟んで北上します

石坂(坂上方面)

坂上から見下ろす(感じでしょうか?)

坂上にある田端小学校

昔は一直線の道だったようですがなぜか途中で分断されたようです おそらくは第二次世界大戦で道が荒廃し都市計画の中でこのように道が途切れてしまったように思えます

坂は200mほどの緩やかな傾斜で途中分断されている間にある道路(公道?)が住宅街の中なのに異様に広いのに違和感を覚えました(;^_^A

 

坂評価(5段階)

プロポーション:★★

知名度:★

雰囲気:★

規模(大きさ、広さ):★★★

リピート率:★

総評価 // 28点 ※あくまでも個人的好みによる評価です。

 

 

ポプラ坂(北区)

てっきりポプラ並木でもあるかと思いきやほぼ直線の狭い急坂でした(-_-;)

ポプラ坂

ここでまたまた北区教育委員会から抜粋(;^ω^)「田端保育園はポプラ倶楽部の跡でポプラ坂の名はこれにちなむものです。 ポプラ倶楽部は, 明治41年ごろ洋画家の小杉放庵(未醒)が作ったテニスコートで田端に住む洋画家の社交場となったものです。 陶芸家の板谷波山, 洋画家の山本鼎, 彫刻家の吉田三郎, 詩人の室生犀星, 小説家の菊池寛などが このすぐ近くに住んでいました。大正2年 田端に越してきた芥川龍之介は  その1か月目に,ポプラ倶楽部のことを手紙に書いています。」

 

なるほどなるほどポプラ並木があったからではなくポプラ倶楽部というテニスコートが由来なのですね…

 

このような趣がある家屋も坂沿いに建っていました

 

右側が田端幼稚園です

 

坂評価(5段階)

プロポーション:★★

知名度:★

雰囲気:★★★

規模(大きさ、広さ):★

リピート率:★★

総評価 // 43点 ※あくまでも個人的好みによる評価です。 

 

八幡坂 (北区)田端3丁目

八幡坂 も都内にいくつかあり由来は八幡神社が近くにある事でこの通りも八幡坂通りと呼ばれています

八幡坂

ここでまた北区教育委員会からの抜粋:「坂の名は,坂下にある八幡神社に由来します。坂下の上田端児童遊園のところにあった紅葉館に 小説家の堀辰雄が下宿していたほか この坂の近くには小説家の菊地寛,詩人の室生犀星,画家の倉田白羊,彫刻家である吉田三郎や池田堯八が住んでいました」
 芥川龍之介は,その随筆に「踏石に小笹をあしらったのは,詩人室生犀星の家」と書いています。

文京区の坂は明治の文豪、そしてこちら田端の坂は主に大正時代に活躍した文豪ゆかりの坂が多いようです。

坂は直線で約150mほどの緩やかな傾斜です。

上田端八幡神社

 

坂評価(5段階)

プロポーション:★★

知名度:★★

雰囲気:★★

規模(大きさ、広さ):★★

リピート率:★★

総評価 // 40点 ※あくまでも個人的好みによる評価です。

 

江戸坂(北区)田端6丁目

田端駅に下車することは滅多にないのですがJR田端駅北口前に田端文士村記念館があり そこの北東側から北西側に回り込む坂が江戸坂と呼ばれています。

田端文士村記念館

北区教育委員会に掲げられている文章をそのまま抜粋すると「田端の台地から下谷浅草方面へ出る坂道で, 坂名もそれに由来するもののようです。 この坂の近くに, 詩人の室生犀星, 俳人瀧井孝作, 画家の池田輝方, 池田蕉園夫妻, 画家の岩田専太郎, 詩人の福士幸次郎が住んでいました。 坂上の左手に露月亭という茶屋があり, 陶芸家である板谷波山が三十五歳の頃, そこで, 飛鳥山焼と銘を入れた徳利と猪口を売ったことがあったということです」

要は田端台地から下谷浅草方面にでる坂道 江戸の町を通るからという単純な命名のようです。

L字に曲がる中々面白いプロポーションの坂です

江戸坂

 

坂評価(5段階)

プロポーション:★★★★

知名度:★★★

雰囲気:★★

規模(大きさ、広さ):★★★

リピート率:★★

総評価 // 55点 ※あくまでも個人的好みによる評価です。